2015年12月27日
沖縄の殿様
高橋 義夫
中公新書2320
仕事が忙しく、バスの中でも資料読みが多く、本は文庫本のみに限定していたためか、どれも「うすい」「結局は私的コラム」という本が続いていたが、思いもよらない形で上杉県令の本を偶然発見。なんと半年も前の5月に発行されている。不覚
書店もうらんかなでテキトーな「沖縄本」を陳列するより、ちゃんと調査をし知っておくべき事実を紹介したこんな本を平積みして欲しい
書店もうらんかなでテキトーな「沖縄本」を陳列するより、ちゃんと調査をし知っておくべき事実を紹介したこんな本を平積みして欲しい
しかし、この本が特に沖縄と関わりが深いわけでもなさそうな著者によって著されたのは残念だ。沖縄の歴史は今や「大交易時代」など「イメージ」で語られる世界(どこも歴史は神話化される傾向はあるが)になってしまったが、沖縄のキチンとした通史を読めば上杉県令に目が留まらないはずはない
この大恩人については沖縄の人間が研究し本にまとめて欲しかった
この大恩人については沖縄の人間が研究し本にまとめて欲しかった
早くも実質的に罷免されたため、その功績は沖縄でもあまり知られていないが、学事奨励や庶民を圧迫する旧慣の打破など多岐に及ぶ
また沖縄の庶民の暮らしに(暮らしぶりから村社会、財政状況まで)関する資料は限られており巡回日誌の記述は非常に貴重だ
(しかし、1500円もの寄付が児玉喜八によって旅費などに流用されていたのは知りたくなかった・・・王国時代の歴史、後の奈良原・謝花との絡みも含め関係書は意図的に掲載を見送ったと思われるが)
この本が素晴らしいのは沖縄県史の巡回日誌は「資料」に過ぎないが、米沢上杉家の事情や池田成彰といった優れた側近など記述が立体的な事だ
特に面白いと思ったのは、旧慣温存に係る部分での尾崎三良と沖縄の守旧派の人々の動きと上杉の行動だ。周到な根回しをする先方に対し、正論は通ると思っていた上杉はやはり「殿様」だと言わざるを得ない
沖縄と大和の対話が上手くいかないというか、かみ合わない部分があるのは物理的な問題なのか、社会学的な問題なのか考えることがあるが、結局は「人」だということは今も昔も変わらないと再確認
守旧派が尾崎を接待し「人民は愚かで減租についてはいたずらに怠け心を生じ、衣食におごり」と言えば、尾崎は「租税を減ずるは決して人民の益のみならず、惰性み導くの弊あり」とするあたりはなんとも・・・私的な2重課税、草履すら履かせぬ現状でよく言えたものだ。しかも名の通った宗派の住職までもが辻の旧慣温存に温存に係っていたというから始末が悪い
「誰か聖天子の赤子にあらざん。その三府三十余県は維新洪沢に浴して余りあり、その一県はもって永く旧法に制せられて海隅に窮涸す」と茂憲が天を仰ぐ姿が思い浮かばれるが、地元の県吏にも上杉を支持する声がちゃんと上がっていたことだけが救いか
しかし、明治政府は結局は農民に士族が寄生するかのような旧慣を温存、正確には戻すことを決めた。そのとき信頼が失われたことは容易に推測できる
しかし奥羽列藩同盟の中心であった米沢・上杉家の茂憲、人頭税廃止に尽力した中村十作と、沖縄の農民の困窮を救おうと立ち上がったのは、雪深い国の人だったのは偶然なのだろうか
Posted by 比嘉俊次 at 15:41│Comments(0)
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