2012年09月11日
武器としての社会類型論

-世界を五つのタイプで見る
加藤隆
講談社現代新書2164
これは面白い。久しぶりに社会学の本で「へーっ」と「なるほど」が揃った本
世界の中から5つの社会類型を抜き出して、分析して見せている
1、上個人下共同体型
(古代西洋がモデル)
2、上共同体下個人型
(中国伝統社会)
3、全体共同体型
(日本の伝統的社会)
4、資格共同体型
(インドの伝統的社会)
5、掟共同体型
(古代ユダヤ今日社会)
さらにそれぞれの社会のそれぞれの階層について、支配(が及ぶ者達がいるか)・自由(の程度)・富・価値(価値観・世界観)の4点について有する度合いが分析されている
驚くのが1、2、を除いた社会には「個人」が存在しないと割り切っている。あくまで類型論とはいえ、大胆だ(類型というより、理念系?)。
しかし、この類型論を当てはめるとそれぞれの社会の不思議が見えてくる。
例えば・・・
平等を説きながら皇帝をも屈服させるほど世俗で権勢を得た中世のキリスト教会。東方教会では今日でも入り口でスカーフの貸し出しをしている所があるとラジオで聞いた
中国の民衆の戸惑うほどの自由さ。彼らは日本人以上に「価値」の自由を持っている
日本社会の「場」や「空気」については著者も述べている通り中根千枝らの分析に沿った内容。「場」を共有していない沖縄が疎外感を嫌というほど味わうのもなるほど仕方なかろう
あと、階級社会でありながら階級闘争で社会がひっくり返らないインド
などなど
ただ、掟社会の成立のくだりが何度読んでも理解できない
人間は「罪」の状態にあり、神への義が果たされていない状態、
と、いって義が果たされれば神の恩恵にあずかれるという単純な図式では
神は恩恵の自動販売機になってしまう・・・このあたりの比喩までは分かるが
神と人間は断絶されており、神の前で義であれば、恩恵があるとは限らない、
というのも現実社会を見れば納得できる。問題は・・・
ゆえに律法に従う、という飛躍だ
いや現実には飛躍しておらず、複雑な律法が体系され聖書にまとめられる間にそうなったのか・・・「落着いて俯瞰するとわけが分からないことになっているが、それが現実社会に対して力を持っている」という例はいくらでもあるが、つまりは「不条理ゆえに信じる」ということか?あまりに人間的な、という感じ
まあいい
この本で大切なのは類型論を使った未来への考察だ。たった8Pほどの考察だが興味深い。
富の増大によって「足れり」となり、分配機能(統治機構)の効力が低下してくるのではないか?
技術の進歩により病気や外見上の不平等という問題が解決され、「不足」を前提にして蓄積された人間の知恵はどうなるのか・・・
でも、最後のアメリカ社会について「伝統的西洋」といよりは「全体社会型」(とはいっても、日本とはまた違うタイプ)に近いと著者は述べているが・・・どっちかというと、アメリカは「掟社会」じゃないか?民族集団から国家が誕生したのではないので「国旗・国家・大統領」への忠誠は「掟」ではないのか?同じ場にいたって、エスニックグループの壁は依然として残っているし、国民皆保険制度も実現できてないぞ
例えば・・・
平等を説きながら皇帝をも屈服させるほど世俗で権勢を得た中世のキリスト教会。東方教会では今日でも入り口でスカーフの貸し出しをしている所があるとラジオで聞いた
中国の民衆の戸惑うほどの自由さ。彼らは日本人以上に「価値」の自由を持っている
日本社会の「場」や「空気」については著者も述べている通り中根千枝らの分析に沿った内容。「場」を共有していない沖縄が疎外感を嫌というほど味わうのもなるほど仕方なかろう
あと、階級社会でありながら階級闘争で社会がひっくり返らないインド
などなど
ただ、掟社会の成立のくだりが何度読んでも理解できない
人間は「罪」の状態にあり、神への義が果たされていない状態、
と、いって義が果たされれば神の恩恵にあずかれるという単純な図式では
神は恩恵の自動販売機になってしまう・・・このあたりの比喩までは分かるが
神と人間は断絶されており、神の前で義であれば、恩恵があるとは限らない、
というのも現実社会を見れば納得できる。問題は・・・
ゆえに律法に従う、という飛躍だ
いや現実には飛躍しておらず、複雑な律法が体系され聖書にまとめられる間にそうなったのか・・・「落着いて俯瞰するとわけが分からないことになっているが、それが現実社会に対して力を持っている」という例はいくらでもあるが、つまりは「不条理ゆえに信じる」ということか?あまりに人間的な、という感じ
まあいい
この本で大切なのは類型論を使った未来への考察だ。たった8Pほどの考察だが興味深い。
富の増大によって「足れり」となり、分配機能(統治機構)の効力が低下してくるのではないか?
技術の進歩により病気や外見上の不平等という問題が解決され、「不足」を前提にして蓄積された人間の知恵はどうなるのか・・・
でも、最後のアメリカ社会について「伝統的西洋」といよりは「全体社会型」(とはいっても、日本とはまた違うタイプ)に近いと著者は述べているが・・・どっちかというと、アメリカは「掟社会」じゃないか?民族集団から国家が誕生したのではないので「国旗・国家・大統領」への忠誠は「掟」ではないのか?同じ場にいたって、エスニックグループの壁は依然として残っているし、国民皆保険制度も実現できてないぞ
Posted by 比嘉俊次 at 00:42│Comments(1)
│社会
この記事へのコメント
“これは面白い”という言葉につられてワタシも拝読してみました。
ですが、カテゴライズを把握するだけで精一杯。
そして個人的に、沖縄は「4、資格共同体型」に属するのでは?という感想を持ちました。
でもそれも15分弱の立ち読みの感想。
「へーっ」や「なるほど」には辿り着けませんでした・・
読書が楽しい季節がやってきますね。
ですが、カテゴライズを把握するだけで精一杯。
そして個人的に、沖縄は「4、資格共同体型」に属するのでは?という感想を持ちました。
でもそれも15分弱の立ち読みの感想。
「へーっ」や「なるほど」には辿り着けませんでした・・
読書が楽しい季節がやってきますね。
Posted by おかっぱ at 2012年09月13日 05:59