生物と無生物のあいだ

比嘉俊次

2014年02月02日 13:58

生物と無生物のあいだ
福岡伸一
講談社現代新書

STAP細胞制作記念
「生物と無生物のあいだ」というより、「動的平衡」という表現に代表される「生物」のメカニズムについて。「生物とは何か?」という内容

・互いに鏡写しの構造で、対となる情報の複製を容易にすることで、情報の安定性を担保するというDNAの2重らせん構造
・このDNAがもつ巧みな自己複製システムに基づいて「生命とは自己複製を行うシステム」と定義
・原子の大きさに比べて生物が一見不必要なほど「大きい」のは、原子のランダムな運動による「偏り」をなくし、「平均」として安定させるため母数(母体)を大きくとる必要があるため
・生命は「動的平衡の流れ」の中にある。イメージとして例示されている「砂の楼閣」が非常に分かりやすい。生命もエントロピーの法則に逆らえず絶えず「崩壊」しているが、一方で絶えず再構築が行われ増大するエントロピーを外部に排出している(つまり「代謝」という事でいいのか?)
・つまりは「秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない」と筆者。エントロピーの増大に対処する唯一の方法は耐久性の向上・強化ではなく、「(生命という)仕組み自体を流れの中に置くこと」これが「生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っている」
・そして個々の細胞が外部からタンパク質を取り込むこれまた巧みなシステム。これを説明する比喩もまた秀逸で、大きな風船に拳をあてて押し込む。押し込んだ手首の部分をくびれ取る(初めて聞いたが分かり安い表現)形で分離し小胞体となる、と。これで細胞は細胞膜をあける危険を避け、外部からタンパク質を取り込める。小胞体は細胞を横切り、細胞膜へと到達し、最初と逆の過程で外で排出される。DNAといい、細胞といいどうしてこんな見事な解決方法にたどり着いたのか・・・→では老化はなぜ起きる?

といった、内容が分かりやすい表現(その分図説は少ない)でアメリカでの研究生活や学会の裏表の人間臭い(ある意味下世話な)挿話とともに読者をひきつける

で、終章に近付くと
筆者は実験で一部の遺伝子をノックアウトした実験を行うが、狙った機能の欠落がマウスに確認されず、「生命の動的平衡」とは一部品が欠けるとその機能が欠ける機械とは違い、「欠損があればそれを閉じようとし、過剰があればそれを吸収しようとする」ことを見る

・「ピースが完全に欠損するより、部分的に改変されたピースを故意に導入すると、完全に欠損しているよりも影響が大きい→ドミナント・ネガティブ現象は生命固有の現象」と。欠損があれば代替的な仕組みを構築するなどして機能がバックアップされるが、一部の欠損だとエラーが出てしまう

こうした論考の過程で実験にはES細胞(胚性幹細胞。一般には「万能細胞」と紹介されることが多い)の必要性が導かれ、129系マウスから初めてES細胞が発見され取り出される。この本ではES細胞は話の本筋ではないが、今となってはここが面白い
本書の初版は2007年。その後、山中教授によるiPS細胞の開発。小保方さんのSTAP細胞の開発と続く

山中教授の成果もノーベル賞が認める大きな足跡だが、報道ではSTAP細胞はより成功率が高く、しかも比較的簡単に(弱酸性の溶液で刺激する)製作できる。しかも「皮膚や筋肉などの細胞にいったん分化すれば、外部からの刺激では元に戻らない」という本書でも触れているような生物学の定説を覆すように皮膚から取り出した細胞の時間を分化前に逆戻りさせるもの。遺伝子を細胞に導入するiPS細胞とは原理が違い、素人目にはより安全性が高そう

再生医療などへの応用が期待されているが「生物とは何か?」の考察を一層深めるきっかけとなりそう。生死感もキリスト教的と言うより、輪廻などの連続性を感じさせるものになりそうで面白い

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