人間の絆

比嘉俊次

2011年12月17日 20:05

 『人間の絆』
 of Human Bondage
  W.サマセット.モーム 訳:中野好夫
 新潮文庫 819円×2(上下巻)

大学の頃買って、30Pも読まなかったけど今読むと中々読ませてくれる。逆にあの時面白かったJ.アーチャーに今は興味なし。歳をとったのか・・・

主人公、フィリップ・ケアリにモーム自身の半生を投射した長編小説。やはり印象深いのは実体験に基づいた病院でのシーンの数々、特に「みな一様に罰せられていた」(下巻の217P)や、有名な「東方の王様と歴史書」のエピソード「人は生まれ、苦しみ、そして死ぬ」・・・なんかロクでもない小説みたいだけど、そうでもない
全編を通して皮肉で内気で自虐的なフィリップを中心に描かれているが、楽しいシーン、情熱的な語り、人の温かさもある。特にラストの太平さは肩透かしとは違う落ち着きががあって悪くはない(まあ面白くもないけど)

他にも
読ませるストーリー展開、多彩な登場人物、イギリス中流階級(フィリップ=モーム)らしい皮肉で上から(つまり差別的な。でも当時はそれが当然だったと思われる)目線の表現も刺激になっている

でも・・・3人称の長編小説としては「カラマーゾフの兄弟」や「冷血」には及ばないと思う

時間軸は2作品よりずっと長いが、モーム自身の体験・回想を元にしているためか、読者には「雑」に写る部分がいくつもある
説明不足の登場人物、呼応しない伏線、よく分からないシーンでやけに饒舌だったり、強調されたりもする。特に叔父の神父はなぜあんなに悪く言われるのか・・・詳しくは書きたくないけど、モーム自身が思うところがあって描いているんだろうけど・・・モームの研究者ならそこを読み説く作業がるんだろうけど、作品としては「月と6ペンス」の方がずっと良いと思う

「カラマーゾフ」は神や魂といった強烈な光の投影から見る人間の光と影、「冷血」は特に主役を置いていないといえるほど全ての人物が立体的に描かれているし、両作品とも構成もにくいほど巧み、時間軸も自在に書き分けている

しかし新潮社版はいい。岩波版は確か表紙は写真(作品中の当時のイギリスの雰囲気を偲ばせる。茶色や灰色の写真)だったと思うが、新潮社版は聖書に靴、飾りのついた帽子に薬瓶を持ってきている。これに「人間の絆」というタイトルだと全然違った印象をもち「人生は無意味」という言葉が出てくるとは思わないだろう(笑)
中野好夫訳も古臭くて30Pに一度は辞書を引かなければいけないけど、これも雰囲気で悪くない。今はスマホでバスの中でも調べられるし・・・

最後に、震災を受け今年を表わす漢字にも選れらばれた「絆」。「きずな」というと多くの日本人は温かな人とのつながりを連想するだろうけど、原題のBondageは拘束・束縛→逃れられない繋がり、を表わしていて、意味も踏まえて訳するなら「人間を束縛するもの」「人間の紐帯」かな、と思ったけど「絆」という意味を調べると「断つことのできない繋がり」の他にも「動物をつなぐ綱やロープ」も絆というらしく、本来特別に情緒的な意味は無かったのかも
「絆」という漢字のつくりの二つの点が「ハ」の字のじゃなく、上開きだったらあまり情緒的な意味を連想させなかったのかも
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