2012年01月25日

漢字と日本人

『漢字と日本人』
高橋俊夫 文春新書198

これは勉強になった。仕事をしていて感じていた日本語の難しさ≒不条理さが納得できた

筆者の結論を先にすると、言語とは一般に音声があって文字はそれを表すものだが、日本語は逆で、文字が主で音声は従、というおそらく世界でただ一つの奇妙な言語(筆者は畸(奇)形と形容している)ということ


なぜか?それは古くは中国から、近現代は西洋から多くの言葉(=知識や概念)を輸入したから。それも直輸入ではなく、当時の知識人が加工して輸入した
古くは「漢字」とともに文字と知識が輸入されたが、そこでまず中国読みの音をそのまま使う「音読み」が生まれる
次に、漢字の「意味」だけを使い、発音は日本語の該当する言葉をそのままあてる「訓読み」が出てくる
さらに厄介なことには、日本に入ってきた時期によって、音読みでも「漢音」と「呉音(対馬音とも)」と複数の読み方が生じた
⇒今日、14日は祝日だが日曜日(日本人なら小学生でも読めるが・・・)

江戸時代までは「日本語の文字=漢字」で、かなは補助的にしか使われていなかったが、幕末から「今度は西洋に倣おう」という大方針転換の下、漢字を排除し、かなを文字の中心に据える国語改革が進めれらていく
(一足飛びにアルファベット表記というのも真剣に検討されたようだ)

だが面白いのは幕末以降、西洋から大量に入ってきた新しい言葉に片っ端から「漢字」をあてていく
これで日本語は新しい問題を含み、さらに複雑さを増していく  続きを読む
Posted by 比嘉俊次 at 23:45Comments(1)言葉

2012年01月21日

死ぬときに後悔すること25

死ぬときに後悔すること25
 大津秀一  致知出版

『人生が変わる1分間の深イイ話』でも紹介されていた本
タイトルは今風の「まとめ系」というか「手軽系」を連想させるものだが、読むと至極全うな内容
版を重ねているのもわかる(平成22年11月26刷、25万部突破とある)

致知出版、そして作家かと思うほど語彙が豊富で放送人のように言い回しが慎重。著者の履歴から見ると34歳でこの本を書いたようだ・・・

このたび司会をすることになったNPO「マインドケア沖縄」主催のイベントに著者が出演することとなり、正直心配した。「妙に達観した、僧侶みたいな人だったらどうしよう。いや、曲がったことは一つも許さない神経質な人だったらもっと困るな・・・」と思っていた

が、それは杞憂だった

控え室で打ち合わせしている時は専門職らしい熱意で話すが、ステージではちゃんと言葉を選んで必要ならば比喩や具体例をあげて平易にステージの理解具合を気にかけながら話している。やるなあ・・・

大津先生は真面目なことは真面目。質問をまず「流す」ということがない。だが冗談も通じれば、場つなぎで少し的まずれな事をいってしまえば「今のどうゆうこと?」と困惑が顔に出る。著書の中でそういっているのは謙遜ではなく事実のようだ

ただやっぱり腰が据わっているのはわかる。なんでだろう・・・単に「1000人の死を見届けた」というだけではないだろう。著書にあるように何事もそう簡単に正解がないのを肌身にしみているのか
かといってヘンに老成して訳知りがののことを言うわけでもない

だから対談もおかげでスムーズ
直言するが人間の不完全さを許容する。でも考えさせる。

視野が広い、俯瞰できる能力が高い人なんだろうなと思った
   
Posted by 比嘉俊次 at 23:30Comments(2)社会